第二章:『サンタクロースとの出会い』 - コペル からだとの会話

第二章:『サンタクロースとの出会い』

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大学の実験室。多くの化学薬品が試験管に入り、フラスコが暖められている。その部屋の一番奥のカーテン陰の狭いスペースで、コペルは「機械工学」の専門的な卒論を書いている。隣にある正規のコペルの教室からスペースの関係で追い出されたから仕方ない。パソコンで機械の歯車やリンクをグルグルと動かしシュミレーションをしながらの研究だ。複雑なシュミレーションも大学のスーパーコンピュータが適えてくれる。ときどき助教授の佐々木が見回りにやってきてくれて、声をかけてくれる。だがコペルには、ここのほうがかえって集中して作業ができるので気に入っていた。

先ほど買い込んだ昼食をかぶりつきながら、期限が迫る卒論の実験をしようとしていた。
その矢先・・・・・。

研究が大詰めを向かえ連日連夜の実験作業。

中腰姿勢で腰ほどの高さのデスクにある小さめな五節回転リンク機構を利用したロボットアームをのぞきこもうとした。まさにそのとき、周囲にも聞こえるほどの”ゴキッ”という嫌な音を立てた。その瞬間、体を胎児のようにしてうずくまり、必死に痛みをこらえた。年に3度はでてしまうぎっくり腰だ。こうなると一週間は立てなくてトイレまではっていく。最低でも10日は患部がうずき、腰を曲げた海老のように歩くしかなかった。患部は3センチほど盛り上がりやけ火鉢をおしあてられたようだ。熱い!焼ける!
何度も経験していたので、時間がたてば治ると思っても、額から出てくる脂汗はとまることはなかった。

たまたま見回りに来た助教授の佐々木が僕を見つけてくれた。助教授の知り合いの整体院がこの大学の近所にあるという。
だが、僕は「このままじっとしていたい」と力説したかった。どこの馬の骨かもわからない整体で、体を壊されてえらい目にあったという話もある。そんなことはまっぴらごめんだ!

だがあまりの痛さで声もだせない。顔ばかり引きつらせて訴えかけようとするから、かえって僕が痛みに苦闘していると早合点して。「わかったから、もう少しの我慢だ。すぐフランクのところへいくからな」ととぼけたことをいってる。
そして不本意だが助教授に背負われそのまま施術院へ連行された。それが僕の整体の初体験、そして恩師との出会いとなった。

最悪の気持ちで、根津神社近くにある施術院:心体融和道の門をくぐった。
期待なんかなかった。むしろ、なにをされるかわからないため、恐怖と不安が渦巻いていた。厳ついオヤジにバキバキやられたらどうしようぉ!!僕はそんじょそこらの虚弱体質じゃないんだ。小学校のマラソン大会で、なんで僕は女子に生まれなかったのか、切実に呪ったし。1500mなんて走ったら死んでしまうから。案の定、すぐに保健室のお世話になったし。それに学校だって、出席日数ぎりぎりだったんだぁ〜!!




そこで初めて出会ったんだ。異国の施術者であるフランクに。後で聞いのだが、彼は東京下谷に住むユダヤ系カナダ人。奥さんは日本人で、子供もいる。施術院のデスクの上に家族の写真が飾ってある。来日は日本で合気道を極めるためだった。だが日本をこよなく愛しそのままいついてしまった。日本語はあやういが、それはご愛嬌。うちの助教授とは釣り仲間で、妙に馬が合う。だが屈強な体の持ち主の助教授は一度もフランクの施術を受けたことはない。フランクはいいやつだから大丈夫だろうという信念が、僕を背中にしょった助教授を走らせたらしい。ちょっとそれを聞いたときにはくらくらっとめまいをしたけど。


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「ダイジョブですか?」

ぜぇぜぇと、あえぐ助教授に、フランクが驚いていた。

あいにくフランクの施術院は予約制で施術をしているという。普段は急患は受けていないようだ。だが、釣り仲間という同好会メンバーのたっての頼みだから二つ返事で了解してくれた。
「OK!私に任せて。ダイジョウブ、ダイジョウブだ」といって二の腕の太いフランクが握手を求めてきた。テレながら条件反射的に僕も手を出した。体は大きくてサンタクロースのようなのに、かわいい暖かい手をしているな。
「こちらの伊藤さん(お客様)の施術が終わったら、私、時間があります。ちょっとそこで横になってお待ちくださいな」
助教授は他の生徒の指導があるからと、大学へ戻っていった。さっきまではすぐに連れ帰ってほしかったのだが、まだ、血相を変えてゼェゼェする姿をみるとわがままもいえない。だって2キロは僕を担いで走ってくれたんだから。。。施術が終わったらまた迎えに来てくれると約束をしてくれて、大学に戻っていった。

僕は部屋で、フランクが施術をしてくれるまでどきどきしながら待つことになった。
コペルという欧米か!っていわれそうなあだ名を持ってはいるものの、外国人には接したことがない。なんだか日本人以上に緊張が。まいったなぁ。

室内をみまわしてみたが、畳敷きで6畳と4畳の下町的空間。外からはカラコロとなる下駄の足音が聞こえてきそうだ。施術院といっても、下町のアパートを二部屋間借りしているということか。僕もここの蛇の道はよく散歩をしたが、このような空間があるとは気づかなかった。部屋にはシンプルにマッサージベッドと、あと木製の古びたデスク。デスクに備え付けの書棚には洋書の医学書らしきものが並べられていた。あとは壁にでかでかと釣竿と釣果の魚拓が。


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目の前でフランクが他のお客の施術をしている。お客は、年齢がおよそ50代くらいの男性だ。フランクと言葉を交わしていた。定期的に来ている口ぶりだ。フランクがする施術というものを見ることができるいい機会だ。もし手荒なことをするようだったら、すぐに這ってでも逃げ出そう。だがお客との会話のムードを感じ取るにしたがい気持ちが変わっていった。
フランクの口調、態度、そしてかもしだす雰囲気に、次第に包まれているようだ。やさしい笑顔。瞳の奥に信頼を裏切らない不動の力がみなぎっていた。鼻につくような先生風を吹かすこともこれっぽっちもない。

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ただ、どうもわからないことがあった。

それはお客の顔色はとてもよくつやつやしている。
健康そのもののようにしか見えない。一体どこに施術を受けにくる必要があるかがわからない。
患者と施術者との会話は、一言もなされていない。するのは互いの家族の話と世間話くらい。
でもフランクの迷いないムダのない動きには、なにをすべきかがわかっているようだった。
ボキボキというような、骨がなるようなクラック音は聞こえてくることはなかった。お客の痛みにうめく声もなかった。30分もしたころから、静かにお客は寝息を立てていたようにみえる。フランクが問いかけをすると、まどろみながら返事を返している。深く安らいだ、心地よい時間をすごしているのだろう。


そして1時間も時間がたっただろうか。
施術が終わり目の前で着替えをするそのお客と少しだけ話をした。

「若いの、大変そうじゃな。腰が痛いのかい?」気さくな下町のおじさんという感じだ。
「はぁ。ぎっくり腰をやってしまって・・・」
「そうかい、そうかい。ぎっくり腰はいてぇんだよな。俺もな、去年まではしょっちゅうぎっくり腰でひどい目にあったもんだった。だからね、痛いのわかるよ〜」
「えっ?それじゃ、もうぎっくり腰にならなくなったってことなんですか?」
「そうだな。もう年が70になったから、この年でぎっくり腰にでもなりゃ、寝たきりになっちまうんでな。こうやって定期的に体の面倒みてもらいにきているんだよ」
「(70歳には、この人は見えないよなぁ。若く見える特別な人だっていうところか)」とちょっとあっけにとられた。

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今度は僕の番だ。目の前で施術の様子を見せてもらえたから、ここにきたときほどの不安は、薄れていた。それどころか、これから不思議なマジックを魅せてもらえるようなワクワクする。マジックだとしたらそのタネを暴いてみたい。理系の特長ともいうか、仮設を立て、実験し分析して、結果を導き出す。僕の体は、これからどのような化学変化が起こるのだろうか。まずは観察して情報収集だ。そんなことを考えておいたほうが、今の痛みから気がそがれるのでちょうどいいし。

さっきまではこんなイメージが僕の脳裏に浮かんでいた。
僕は腰が痛くて腫れている。その患部を強く押されたりしてボキッと治されるんじゃないかとびくびくしていた。今の十倍の激痛がくるんじゃないかと思えば、すでに今感じている激痛のことさえも忘れてしまえるのかもしれない。だが、そんな荒療治は、しゃれにならない。
こんな感じで恐怖におびえきっていた。

だがそんなことを目の前の施術者がしないはず。そのことは先ほどの施術を見ていたからわかった。直感したのではなく、解ったのだ。きっと、僕も大丈夫だ。人は、気に入らない人にちょっとでも痛くされれば不安と恐怖を抱いて、緊張し身を固め逃避しようとする。だが、気に入った人間に何かをされても攻撃されてるわけじゃないと思えるので寛容になれるものだ。そのような説得力をもった施術を、僕は見つめられていた。機械が僕は好きで、近所のフライス盤を扱う工場で年季の入った職人が働く姿が好きだった。動きにムダがなく、迷いがない。頭の中には完成品ができあがっていて、それを作り出すプロセスが体にしみこませてある。熟練した機械工は、僕の憧れだった。その動きをフランクはしていた。リズムとテンポがあってメリハリがある。体の足腰が動きの始まりにして目的の仕事をさせている。切れ味のよい刀のように、その手のセンサーは力みなくミクロの凸凹をも見分けられるやわらかさを備えた手を持つ機械工と同じだ。それだけで僕は、十分な積極的な興味を持てた。

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マッサージベッドの上で、仰向けで横になるように指示をされた。だが、今の僕は、海老のように腰を曲げたまま横たわるしかできない。それをみて、そのままでの施術を試みてくれるという。

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フランクは足首や膝裏、手首と肘周りを調整するのに時間をかけてくれた。
今まで気付かなかったが足首が固くて伸び縮みしてない。膝裏や肘内側に小石のような塊があるのに驚いた。ちょっと押されるとチクゥという鋭い尖った痛みを感じられ緊張した。
だがその固さをチェックしたら、あとは手首や足首、そして膝や肘に痛くない方向に徐々に圧をかけてくれるだけだった。
痛みも感じないし、ゆっくりとした動きで、治療を受けているということも忘れさせてくれる。
それからお尻の骨盤を緩める操作をした。仙腸関節という骨盤にある関節が施術をするときに重要ポイントになると、話で聞いたことがある。そういえば仙腸関節という関節は不動関節といわれて動かないものだと書いてある本もあるが、それは死体の解剖のときの話で、生体の仙腸関節は動くのだという人もいるそうだ。どちらが正しいのかはわからない。だが、骨盤の調整を受けていると、骨盤周囲の筋肉が緩むだけではなく、肩とか首とか、体の隅々まで緩んでいく体感を感じられた。
確かに眠くなってくるわけだ。緊張していた体が解けてきた。
一人でベッドに横になるよりもずっと早く回復している自分に驚く。
先ほどまでの痛みが、20%、いや30%も緩んだような気がしてきた。

それからお腹の奥にある大腰筋という筋肉や内臓、横隔膜の固い部分を緩めてくれた。さすがにここは最後にまでとっておいてくれた分、ちょっとズキンッとする痛みが感じられた。だけど、考えてみれば腰が痛かったのに、なんでお腹の奥がこんなに強い痛みが出ているのだろう?フランクも「私は、ほんのちょっと触っただけね。ここはもとから炎症があった。だけどあなたは気づかなかっただけね」といった。こんなにもお腹の奥に痛いところがあるのに、人間って気づけないものなのだろうか?教えられ認識できると、ぱっとそこの問題がクローズアップしてくるようで、ものすごく腹奥の不快感に違和感を感じた。そういえば、僕は便秘と下痢を繰り返すときもあるし、ひどい胃下垂だってレントゲンを撮られたときいわれたし。腹の表皮が嫌な冷たさを感じていることもしょっちゅうだったな。
仕上げにといい、僕が眠くて意識が薄れるなか右の股関節部分を圧迫するような圧をかけてくれた。
フランクには何もいってはいなかったのだが、僕は生後に股関節脱臼して生まれてきていたそうだ。もうその脱臼した足がどちらかさえも思えてはいない。だがフランクがいうには「あなたは、右の股関節に古くからの問題があるようだ。外側広筋の状態もそれをあらわしている。骨盤のねじれ方も、そうであることを訴えかけている。これは一度や二度ではなおせるものではない。長いことかかるはずだ」という。
だが僕は驚いた。
「時間をかけてもいいんです。もしかしたら、僕のこの重くのしかかった苦しい体はなおるものなのでしょうか?!」いつも出さないような声を張り上げていた。

フランクは真剣な顔で「やってみなくっちゃ、わかりませんよ」と明確な回答を避けるしぐさをした。

一人で部屋でベッドに横に安静になっていただけでは、僕の体は年々弱っていくだけだった。それがわずかな時間でこれほどぎっくり腰の痛みが弱くなっている。そのようなことはおきないという信念と、おきてしまった現実。それに混乱していた。
ふと、部屋の壁掛け時計をみた。「えぇ?もう3時間もたっていたんですか!!」と、またまた驚かされた。
僕は施術を受けているときにできるだけどのようなことをされているか分析しようとしていて起きてたんだから。信じられない。

そのような驚く顔を観てフランクがジョーク交じりでいった。
「そう3時間たったのよ。3分でできるカップラーメンが60個もつくれちゃう。あなたが覚えてなくても、私、ずっと働きづめで、よーく覚えてるよ」

フランクはデスクの上のかごに入ったチョコを指差していった。
「これ私のお客様がくれた義理チョコレートね。こんなにいっぱいいただいて食べきれないでコマってます。よろしければこれとこれ、あげます。もって帰ってください」とやさしく暖かい笑顔で手渡してくれた。母以外からもらったはじめてのバレンタインチョコ。かわいい彼女からもらえる日が来ると信じていたのが、サンタクロースのような外人からになってしまった。恥ずかしいがうれしい。ひょっとしたら自分の虚弱な体が生まれ変われるかもしれない。そう変わっていく姿をイメージしても馬鹿にされないだろうし裏切られないのではと、期待し喜んでいる自分。そんな自分に出会えるなんて夢にも思わなかった。いつもよりこころが軽くなって、「じゃ、義理のキャンディをかってくるときは、カンパさせてください」とテレながらいってしまった。

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結局はフランクのしていた施術というものが、どんな仕掛けになっているかは見抜けなかった。でも、そこにはでたらめなことをしているのではない原理・原則にもとづいているものだということはわかった。そう体の変化が感じ取ってくれた。今は、それだけで十分に満足だった。
理詰めに考える自分とは違うセンスをフランクは持っているようだ。おそらく僕以上に日本的な感性を持ち感受性が豊かなのだろう。


フランクはまだあまりムリに動かないほうがいいといい、助教授に電話をかけてくれた。実験室の脇には僕専用寝袋が置いてある。

今日はこのまま大学の校舎の中で寝よう。
明日になって僕の腰の痛みがどうなっているのか、楽しみ。


2010-03-15 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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