第七章:『パントマイムと立禅』 - コペル からだとの会話

第七章:『パントマイムと立禅』

フランクの講習会、第二週目に入った。


フランクは上野の寛永寺に僕を案内してくれた。以前は上野公園全体が寛永寺の敷地内だったというから、徳川時代には大寺院だったということだろう。不忍池も京都の寺院を模して造営されたそうだ。上野公園までは、東京国立博物館や国立博物館、そして美術館めぐりなどしたことはあった。だが上野公園の中ほどにある大仏の顔だけがある姿をみて、寛永寺ゆかりのパゴダだったとは知らなかった。幕末にはこの地で、多くの人の血が流れたということを、僕は書物を読んで知っていたから、ちょっと怖くて立ち寄りたくなかったのだが。


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寛永寺の立派な門をくぐり、そこから今日の講習は始まった。
「ちょっと私の動き方をみていてくれ」とフランクが言うなり、境内のなかでムーンウォークをし始めた。かなり体格がいいフランクの体ではマイケル・ジャクソンのようなシャープさはないが、けっこういけてる!
「マイケル・ジャクソンも、ロバートーシールズというアメリカ人のマイムにテクニックを習っていた。マイムをトレーニングするということは、体の感性を磨くのに適している。マイムをするとき頭の中で体の動き方をイメージする練習になる。ポッピングという、弛緩した筋肉をパチンと急に短くしてはねるような動きをダンスに取り入れるものがいるのだが、その名手は年齢が不詳というほど若い筋肉を維持できているという」
「フランク。そういえばマイケルの生年月日をこないだテレビで聞いて驚いた。1958年8月29日生まれの享年51歳だって。なんで彼はあれだけの切れ味のいいダンスができるの?それに年々、確実にマイケルはダンステクニックが向上しているようだった。人間は老化していけば、顔やスタイルは現代医療でごまかせるかもしれない。だけどあのダンスは、それはできない。人並外れているいうことを良く効いてくれる筋肉がなければならない。他の51歳にはありえないよう な奇跡がおきているとしか考えられなかった」興奮気味に僕はマイケルの奇跡を語った。
「ハハハッ。51歳か。51歳はそんなに年をとってなくちゃいけないという固定観念ははずしておいてほしいものだ。私ももう50歳を超えているから、私を老いぼれいわれるようでかなわんよ」
「フランクが50代だって?てっきり助教授の佐々木先生と同い年かちょっと上あたりだと思っていた、いっていて40代前半とか・・・」
「そうかい、それはありがとう。ここにクロード キプニス著『パントマイムのすべて』という本がある。これを一週間、君に貸してあげよう。シンプルだがいい本だと思う。体の表現力を引き出すエッセンスが記されている。これは今日教えると時間がいくらあっても足らないんで、自主トレしといてください。次回に簡単なマイムの課題を与えるかもしれない。それを見て本の理解をテストすることにしよう」
パントマイムのすべて


フランクは次の言葉を付け足した。

「ポイントは、怠けないで体全身をくまなく使い込む丁寧さだ。目的の動作をするために体全身をくまなく意識的に使い倒せばいい。マイムの基礎の各部の体の使い方を分けて練習し終えたら、次に移る。要領は動いてしまった感覚を脳裏でイメージし、描ききるんだ。この動作ならばどこの筋肉をどの量だけどの方向に曲げるかなといった感じで。調整能力を発揮して。ヴィジョンを描いた後に各筋肉に過去完了系ですでに体験して、それを追体験するんだと暗示をかけておけばいいだろう。筋肉はイメージによく反応するものだ。特に伸筋を使いこなすには、イメージ力をたくましくするに限る。

・・・・・他人には見えないイメージの像をはっきり描ききることで、他人にもそれがみえてくるようならば一人前だ。武術では見えない楯をつくり身を守り、見えない刀や槍で相手に襲い掛かることもできる。それにイメージで3トンの岩を押し動かすならば、深層筋や体の隅々の筋肉が同時に鍛えられるだろう。マイムが得意になれば、筋トレにもなるし体裁きもよくなる。

器具も要らないし、金もかからない」

「はい。了解しました。マイケルめざしてがんばろうと思います」
僕の頭の中は、マイムなんかしたことがないので不安でしょうがない。とりあえずフランクの前で無様な姿をさらさなくてすんだから、そこだけほっとしている。
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「OK!じゃ、次にいくよ。意拳という中国武術に立禅と呼ばれるトレーニング法がある。こちらを、丁寧にみていくことにしよう。まずは私の型をみてください」

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肩幅より少しだけ足幅を広げ、膝を軽く曲げる。そして手を大木に抱きつくように丸くしてそのまま体を凛と整えた 。
「コペル。私の肩や胸を押してみて」
「わかりました、ちょっと押してみますね。・・・。あ、あれ?びくともしないや」
「コペル。それじゃ弱すぎるよ。その10倍の力で押してみて」
「フランクの姿勢は普通に立つだけできつい空気いす状態だから、そんな強い力で押せば倒れると思うけど」
といいつつ軽く圧すそぶりをして、いきなり体当たりをした。フランクのことだから、絶対に倒れないっていう自信があるからいってることだってわかるさ。ならばやっぱり倒したくなる。卑怯なフェイント交じりの攻撃にもフランクの姿勢は微動だにしない。かえって僕が壁にぶち当たって跳ね飛ばされ、足がぐらつくほどだ。


「わかったかい、コペル。この中腰姿勢でも安定して立つことができるんだよ。ではこんどは君がやる番だ」
先ほどのフランクの様子を僕なりにまねてみた。膝を折り曲げた瞬間、太ももの上や横にある筋肉がぶるぶると震えだしてしまう。電気椅子というにふさわしい動きになって、フランクの微動だにしない状態とは大違いだ。



フランクが僕に質問をしてきた。「コペル。私の立禅と君の立禅の違う点はどこにある?考えて述べてみて」
「そうですね・・・。重心を正すとかぐらいしか思いつかないです。他はさっぱりわかりません」
本当に見当がつかなかった。体力があるかどうかだけじゃない違いがそこにあるだろうということは感じ取れる。

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「ではこの人体解剖図を見て。これは実際の解剖写真だ。すると膝関節、股関節のような大きな関節部分は、ほとんどが靭帯や腱で覆われている。白や半透明のコラーゲン組織でできた部分だ。あとは骨の白だ。骨もコラーゲン組織とカルシウムなどの石灰質でできている。体の中にはたんぱく質でできた筋線維ばかりではないことがわかるだろ」
まったくそのとおりだ。想像した以上に赤く見える筋肉部分よりも白い膜組織のようなものが多くみえる。筋膜組織だろう。それが実に巧みに体内に編みこまれ肉体を立体化させているようだ。

フランクは説明を続ける。
「この赤い筋肉部分は筋線維という収縮と伸張をするよう脳から命令を受け取れる部分だ。人体が動けるのもここの動く力によるわけだ。ただ動けば動くほどこの筋線維はエネルギーを消費してしまうし、たんぱく質は熱に弱いため運動が激しければすぐに壊れてしまう。筋線維が壊れることで、のちにバンプアップして筋肉がたくましくなって次には楽に仕事ができるようになるわけだが、どうしても筋疲労が現れてきてしまうものだ」

簡単に言えば筋肉を使えば疲れるから、必要以上には使わないほうがいいってことですね

「その通りだ。もしコペルが、先ほどの中腰姿勢を3時間続けなさいといわれれて筋線維ばかりを使えば、すぐに筋肉を動かすためのエネルギーも底をつくだろう。乳酸がたまってだるくなったり、がくがく震えて、立てなくなるかもしれない。だから疲れを知らない部分で、体を支えるのさ。それが先ほどいった白い部分、骨、靭帯、腱を使えばいい」

「ちょっと待って、フランク。
筋肉には脳から命令を出して、伸ばしたり縮めたりできるけど、その他の筋肉や腱や靭帯には脳からの命令系統の範囲の外にいると思う。このようなところは力を出そうとしてもムリじゃないかな?」

「そうだね。その通りだ。だけど私は1時間ほど立禅をしていてもびくともしない。それは明らかに筋肉を緊張させた状態を保つにも、たんぱく質でできた筋肉が熱変性を起こしてしまい大変なこととなるだろう。それはすでに修行ではなくなるだろう。だから最低限の筋線維を使うにとどめて、大部分の体を支える力は骨や靭帯や腱にまかせればいいのです」
フランクは説明を続けた。
「そのためには、先週にトレーニングをお願いしていた、内部感覚がフル稼働してくれないとできないことなんだ。いくつかのポイントにわけるから、このノートを見て」


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そういいノートにイラストを書き始めた。二本の骨を交わらせた関節を現した絵だ。ひとつの関節の絵は関節がかみ合っている。だが隣には関節のかみ合っていない絵が描かれていた。
「君の先ほどの中腰の立ち方はこちらの関節がかみ合わず、ぐらぐらしていた状態だ。普段のときでも体全身の関節が微妙にずれている。その不安定さを関節を挟んだ筋肉が常に硬く緊張することで、ぐらつきを押さえ込んでいたというわけだ。だがもっと不安定な状態になると、筋力でぐらつきをカバーできる量を超えてしまう。そのときにバイブレータのようにがたがた震えてしまう」
「確かにいつも僕は関節の周囲の筋肉が硬くなってパツパツな感じがして。座ったり立ったりするときに、膝が”パキンッ”と金属音のような音を立てることも毎度のことだし。わかるような気がする。ではどうすえば関節面がしっかりかみ合わせることができるようなコントロールができるのだろうか」
「関節面をベストなかみ合わせにするには、関節を取り巻く筋肉が先に筋緊張を起こしている状態から抜け出すこと。そのポジションを見つけていくんだ。ちょっと立ってみて」
「はい」
「それじゃ、小さく前ならえをしてみて。まずは手のひらを地面に向けて前ならえをして」
「はい。ちいさく、前へ〜ならえっ」
「よし、では私のバックを両手の上に乗っけるよ。重いから気をつけて、落とさないでね」
ずしんと10キロはあるんじゃないかという、体の中心を持ってかれそうな重さを感じた。
「では今度は手のひらを上に向けて前ならえをして。同じように私のバッグをおきます」
そういって2〜3キロ程度のバッグを手の上に乗せてきた。明らかに先ほどよりバッグが軽くもてている。
「バッグの重さは先ほどと変わらないことはわかるね。でも重さを感じる君の感覚は違うだろう?」
「は、はい。いきなり軽くなったような気がして驚いてます。。なぜなんですか」
「腕を回内、回外させたんだ。つまりねじることで関節の接触面を安定させ、関係する靭帯や腱の利きをよくするポジションにすることができた。単に腕をねじる動作だけなのに、これだけ体にかかる負担量が違ってくる。もちろん重く感じて中心軸がずれるほどならば、筋肉は燃えるほどに緊張して熱を帯びたり筋線維はもろく切れてしまうものもでてくるだろう。体にそのようなダメージが蓄積していくわけだ。それに対して関節面が正しく決まっているときは、重くないし中心軸がずれるようなこともない。そこには自分の体の重さを利用し、梃子や滑車の原理をたくみに使う仕組みが内在されている。クレーン車のクレーンやエレベーターの上下動も滑車の原理だろう。それと同じものが人体に仕込まれているっていう寸法だ。だから体は快適な状態でいられる。つまり人体を動かすときに使うように神が与えた機能を使えばいい。それを使うかどうかだ。この両者の差は大きいだろう」
「はい」
「中長期的視野で見れば、関節がずれた状態でムリをしたら、えらいことになることは想像がつくだろう。それが体の使い方の誤用のひとつというわけだ」
「つまりこれが今までの僕の姿勢だったということなんですか。だから何もしていないで、普通に体を横たえているだけでも、過去に蓄積した疲労ダメージが僕の体の中にあるはず」

「残念だが、その通りだ。知らないということは罪なことだと思う。私もこの事実に気づかなかったときには、ただ自分の体をいじめるだけいじめ続けて、体を壊したんだ。人は、体の使い方を知らなければ、自らの体を気づかないうちに破壊してしまうリスクを背負っているといっていいだろう」
「わかりました。その事実を僕も受け入れなければならないのですね」

「そう。受け入れを拒んではならない」

「体にある関節は肘関節だけじゃないと思う。全身の骨の数は206個前後あるのだから、関節の数はかなりあるのだろうから。ちょっと頭がくらくらするような」
「まぁ、欲張らずに。
まずは肩関節・肘関節・手首関節・股関節・膝関節・足首関節のような可動域の広い関節からみていったらいい。どのようにひねったり、ねじったりすればいいか実験検証すればいい。パターン検証は君は大学で嫌って言うほどやってるからわかるね。これはどうすれば関節の機能が向上するかはパターンはもうあるのだ が、自分でそれを見つける過程を得て初めて自分の血肉として身につくものなんだ。このような実験検証をする模索をするときに、できるだけゆっくりと力まずに動くようにしてほしい。楊式太極拳の演武では、ゆっくり体を動かしますが、あのような形ですよ。そしてそのときに軽やかに空中に舞い上がるようでいて、体の軸が中心に据えられるような感じ。それは先週に伝えた体の中をボディスキャンする能力が向上するに比例して、より細密なベストポジションといえるような型がみえてくるだろう。その感覚を活かして立禅を修練すればいい。単に立つだけにみえるが、君の頭の中の創造力は100%活性化されてフル回転させること。立禅を30分はキープできて私が押してもぐらつかないように。下半身の脚力も養えるぐらいの修練時間を割くようにしてください」

「わかりました。筋肉の筋線維を使わずに、快適な型があるというのは、フランクの立禅をみてわかっています。僕はがんばれますよ。今週はパントマイムと立禅ですね」







2010-03-09 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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